■内田樹さん(2009/1/25朝日新聞「耕論 モンスターペアレント」より)
って、ブログでも同じようなことを書いているのでわざわざメモするほどでもないかもだけど。
変革という病にみんなが浮き足立つ中で、すべての市民は同時に公民であり、公共サービスをよくするには自分たちが身銭を切り、汗をかかなければならないことが忘れ去られた。批評は攻撃に転化し、「さじ加減」は失われた。(中略)連帯と共生のために、自分の孤立的な欲望をどう抑え、他人の考え方や生活習慣をどう許容するか。一言でいえば、どう我慢するかが、問題としてせり上がってくる時代だ。
「ぶっ壊す」なんて言ってる余裕は、確かにないのかも。
会社のお金を先物取引に使い込んで300万の損失を出した人が「このお金で損を取り戻せば…」って、更に200万使い込んじゃうような感じ?
■日比谷潤子さん(ICU副学長。2009/1/4朝日新聞「専門学校化する大学」より)
大学の学問は職業のためにあるのではありません。ものの考え方や人生を学ぶ教育が大切なのです。
私もそう思う。
そもそも、ぼーっとした高校生だったんで、職業のために大学に行くって感覚がなかったわw
(大卒のほうが何かと使い回しが利いて便利だろう、とは思ってたけど)
いや、単に「自分が就職する」って実感がなかっただけかw
モラトリアム、面白かったよ。
心理学じゃなくて哲学とか社会学にしとけばよかったとは思ってるけど。
■本谷有希子さん(劇作家。2009/3/3朝日新聞「自分はちゃんと見つかった?」より)
どのように振る舞えば特別視され、尊敬され、ちやほやされるか。そればっかり考えていた。それしか考えていなかったかも。(中略)私は子供の頃から作家に、ましてや劇作家になろうと夢見ていたことはちょっともなくて、ただただ「なんか才能のある人」になりたいと願っていた。
こう…なんだろ色々抜け出せるなら、年を取るのも悪くねーよなー、と思う。
…んだけど、年を取って抜け出せないと醜悪さが増すだけなので、それを自覚しては焦ったりぐるぐるしたりするんだろーな。
はじめからそういう感情と無縁でいられる「知の無知」みたいな人はすごいと思う。
「跪いて足をお舐め」のちが言うところの文学とかそういうのがいらない人っていうか?